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執筆者の写真新谷 恭明

 このところ鰻を食べていない。どのくらい食べていないのか忘れたくらい食べていない。以前、香椎に六騎という店があった頃はしばしば通ったものだった。この店は突然閉店となり、しばらくしてなんと宗像に出店した。

 そういうことはともかく、何年か前に柳河でせいろ蒸しを食べたときにどうも鰻が痩せた感じがあった。その頃から鰻が不漁だとか、絶滅危惧種だとか言われ、最近は高騰しているとも言われる。なのでついつい足が遠のいたし、たまに鰻屋に出会ったところで、その価格に立ちすくんでしまう。飲み会で泥酔するくらいの金を昼食に使うのはやはり考えてしまうし、誰かにご馳走しようかと思っても、家族で焼き肉の食べ放題ができそうな値段を見ると溜息しか出ない。

 で、先日の学習院大学での日本教育学会だが、早い便に切り替えて台風を回避したのだが、その分早く着きすぎてしまった。昼飯でも喰って時間を潰そうと目白駅のそばを通ると陰になるようにして立ち食いそば屋がある。ここは以前、学習院に来たときに入ろうとしたらお休みだった店なので、再チャレンジと思ったが浜松町の大江戸そばを途中で食べてきたのでよすことにした。で、少し階段を降りるとそこに鰻屋があった。

「鰻かぁ、喰いてぇなあ」

と胃袋が囁いたが、なんたら鰻6,800円という看板にただただ立ちすくむだけだった。それよりもだ。前夜、なんかのテレビでカツカレーが出てきて、今日の昼はカツカレーにするつもりでいた。で、再び目白通りにもどり、店を物色する。しかし、カツカレーのありそうな店はあるが、そして旨そうなのだが、この日は胸がときめかない。やはりあの鰻に心が掴まれている。

「ええい!」

と気合いを入れて、戻った。それでも躊躇いはある。その時、ガラッと数㎝店の玄関の戸が少し開いた。店の従業員が外を物色するために開けたようだったが視線が合ってしまった。そのままするすると吸い込まれるように入ってしまった。カウンターに座り、キャリーケースを置き、肩掛けのバッグその上に置いて帽子を載せた。若い女性の店員がお茶にするか水にするかを問うてくる。聞き方もていねいで品がある。おそらくアルバイトなのだろうが、教育は行き届いている。

 で、見栄を張らずにうな重(上)を注文する。うな重(特上)には手が出なかった。

「別にけちっているのではない。そこそこの年齢なのだから、少なめがいいのだ」

と言い聞かせたが、声と指先が震えているのがわかる。若い女性の店員がご飯の量を聞いてくる。少なめと言って雰囲気を出そうと思ったが後で後悔するのもなんだし、標準的にしてもらう。

 焼いているのが見える。ていねいな焼き方だ、唾液の量が増えたのを実感する。焼けた。

あ、ああーっ。ちがった。隣の先客のものだった。同じうな重(上)だったので少し自信を持った。

 やがて、僕の分が運ばれてきた。全体像はメニュー通りなので、それを見てもらうことにして、あらためてメニューの写真を比べてみた。(上)と(特上)のちがいは鰻が2枚か3枚かのちがいだ。ご飯の量に寛容だからそれは考える必要はない。2枚で3,800円なら3枚だと5,400円の計算になる。おお、(上)の方がお得ではないか。

 ん?いやちがうちがう。5,700円になる。(特上)の方がお得なんだ。うーん。

 まあいい。「がっつかない。ゆっくり味わうのだぞ」と胸の内で自分に言い聞かせながら箸を手に取った。近づいてみるとううう、鰻だ。風が吹いたのは財布の中だったが、定年になったら喰えなくなるのかもしれぬ。箸先で小さなサイズに切り分け、ご飯に載せた鰻を上品に口へ運ぶ。旨かった。そして幸福だった。



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