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執筆者の写真新谷 恭明

「なんてこった」の後日譚

 先日、学会に行くのにノートパソコンを忘れ、スマホを忘れした情けない話を書いた(2日前)。しかし、事態が過ぎてみればまた新たな事実が発覚する。それには自分でもほぼ開いた口が塞がらない。

 まあ、携帯電話がないと困ることはこのIT時代には起きてくる。この日はJRは遅れていて、たまたま駅でFK大学のO夫妻と出会い、立ち話をしてホテルに着いたのが23時くらいになっていたと思う。ホテルについてパソコンをインターネットに繋ぐ。今ではどこのホテルでもWi-Fiは完備しているので通信手段としては不可欠だし、確実だ。だから旅先には必要なのだ。早速、メールチェックをするとQ大院生のKさんからメールが来ていた。

「NN村先生たちのグループで、大分駅近くで食事をするのでどうですか?」

というお誘いだ。20時22分となっている。僕が赤間駅に着いた頃の時間だ。もちろんスマホは手元にない。まあ、スマホを見たとしても参加はできなかっただろうから。それで、

「 今、ホテルに着いたのですが、もう終わったでしょうね。 」

と返す。ちょうど解散したところだという返答がすぐ来た。ま、パソコンがあれば不自由はない。「なんてこった」の記事も書いた。ところが、onedriveが満杯になったので、ファイルを減らすか、容量を増やすようにという指示が出ていた。そう言えば、出がけにカメラを見たら三ヶ月文の画像が溜まっていたので、あとで、外付けHDに移すので、とりあえずonedriveに移動させたものだった。考えてみればそれらのファイルはともかくその他の加増ファイルは作業用なのでそれらを削除することにした。

 で、それからパソコンがいろいろ言うのだ。そして、パスワードを入れろとかなんとか。なんか余計なものを削除したのか。そのあたりはよくわからない。ただ、翌朝だったか、翌々朝になっていじっていたときに「スマホに連絡が取れない」というメッセージが出た。嗚呼、電池切れだな、どこかで奴は息絶えたか。ちょっとした感慨にふけった。

 それはともかく以後特に不都合はない。だいたい狭いエリアにみんなゐるのだから。それに週末なので公用的なものもないはずだ。さらに、携帯を忘れることには慣れているし。

 大分大学での学会は終了した。会長も理事も降りたし、午後のラウンドテーブルのテーマは関心外だし、そそくさと帰ることにした。したら、なんと雨が降っている。傘がないので雨の中を大分大学前駅まで駈け降りた。すっかり濡れてしまったがすぐに乾いてきたのには驚いた。青山恐るべしである。益には大量の人が待っている。学会の会員はさほど多くはない。みんな大学の食堂で食事でもしてから帰るつもりなのだろう。多くは大分大学の学生のようだった。

 僕は思うところがあって12時20分の列車に乗るつもりで丘陵を駈け降りたのだ。幸い余裕を残して到着した。やがてやって来たのは列車ではなく単車であった。細かいことはまあいい。ともかく満員単車だ。大分に着いたのは12時34分。予定通りだ。14時11分発の座席を押さえていたが、早く帰るにこしたことはない。なにしろしなきゃならないことに追われているので。

 駅に着くとまず、アミュプラザ1階の商店街に入った。 豊後湯布院牛うまい庵に直行する。先々週、大分大学での集中講義に来た際に、ここでステーキ弁当(2,000円)を買って夕食にした。ていねいに箱に納めて渡してくれる。旨かった。しかし、その時ひとつの躊躇いをしていた。隣にリブステーキ弁当(2,500円)があったのだ。うむ、やはり貧乏人根性が抜けないのだろう。その500円を惜しんで2,000円のにしてしまったのだ。しかし、それでもじゅうぶんに旨かったので500円の上増しをしたら、さぞ旨かろうと想像力は膨らんだ。60有余年生きて来て、後悔は数え切れないくらいしている。しかし、この500円の差を知らずにこの世を去るのはなんとも悔やみきれないものがあるような気がしてきた。

 それでも高額だ。躊躇う。しかし、考えても見ればいい。昨夜は二次会に大分駅近くの店に行った。幹事役から「ひとり3,000円です」と言われて、「おお、安いねぇ」などとご機嫌で支払い、その後近くのラーメン屋に行き、学生一人分は払ってやり、2,000円弱は気軽に喜捨してきた。その感覚を取り戻せ!飲み屋の支払時に500円の差額に悩まないだろう。そう心に決めて、2,500円の弁当を手に取り、レジに並ぶ。このレジの進み方が遅い。そうしたら、奥から粋のいいお兄さんが出てきて待っている人の商品を取り上げちゃきちゃきと包装してくれる。それですいと進んだ。

 うまい具合に釣り銭をもらい、改札口に向かった。改札を入り、案内掲示を見てホームのエスカレーターに乗る。遅れたっていいのだ。次があるし、それだって予約してある特急ソニックより早いのだ。5,6,7号車が自由席だという。もし混んでて座れなかったら弁当を食う場所に困ることになる。乗り込んでみたらそこはまだ指定席の車両だった。デッキに行くと人が数人立っている。「あ、ダメかな。ダメなら次に・・・」と自由席車両に入る。けっこう埋まっている。ソニックが動き出す前に席をみつけなくてはいけない。何人か隣の席に荷物を置いている人がいる。ちと安心した。車両の真ん中くらいで「ここらにしよう」と声をかけてみた。

「空いてますか?」

 男は(そうなのだ、こういう時に女性に声をかけたら、いやな眼で見られそうだ。)見かけのいかつさとは打って変わって、

「あ、空いてますよ」

と荷物を足下に移し、座席を空けてくれた。どうやら足下の荷物は邪魔らしく、再び立ち上がると頭上の荷棚の蓋を開けてその荷物を押し込んだ。僕もキャリーケースをその隣に押し込んだ。そうしたら男は「いいですか?と確かめて土産の紙袋を荷物の間に刺し込んだ。僕はテーブルに弁当を置き、リュックを足下に置いて発車に備えた。

 ソニックは定刻に動き出した。がっついているようには見られたくないので、別府を過ぎたあたりでおもむろに弁当を開いた。男の視線が弁当を舐め回しているのがわかる。写真を撮ろうかと思ったが、リュックの中からミラーレスのカメラをとりだし、大仰に写真を撮るというのはどんなものだろうか。殊に隣席の客には神経を逆なでするかもしれない。ここに来て、スマホを忘れたことを後悔した。

 そして、家に帰って夜が明けた。

 月曜だ。ようやくスマホに会える。研究室に入り、リュックからいらんものを出す。殊になぜか研究室の充電器を持ち出していたので、これを設置して、携帯電話を探す。しかし、見当たらない。何度かあっちとかこっちとかを探したが、出て来ない。

 思考を再び金曜日に戻す。その日、車の中でスマホを出した記憶がある。もちろん停車中のことだ。それが大学への出勤途上だったか、大学を出てからだったか。

 というのは研究室で携帯を操作した記憶が曖昧にある。しかし、確としたものではない。しかし操作した記憶があるので、「研究室に忘れた」という確信があったのだ。で、金曜日にスマホを忘れたのに気づいたのは大学を出て間もなく都市高速に乗ろうとしたときであった。その時は確かにいつかどこかの時点でリュックからスマホを出し、助手席においた記憶だけは鮮明にある。だからリュックの中を探し、助手席を探した段階で「忘れた」という結論を導き出していたのである。もう一度確かめに行けばいい。そう決意して駐車場に戻ることにした。

 次々と出勤してくる同僚に会うが、さりげなくおはようの挨拶をして駐車場に向かう。思考をめぐらす。

〈おそらく、ブレーキを踏んだときに慣性の法則によって助手席の足下あたりに落ちたのか、何のはずみで座席の脇の隙間に落ちたのか、だろう〉

 駐車場にもどる。誰もいない。助手席のドアを開ける。なんと、ホテルから失敬してきた折りたたみの櫛というかブラシというか、それがあった。これはリュックの背袋に入れていたものでおそらくスマホと一緒にこぼれ落ちたのだろう。少し近づいた気がした。手を触れたらその拍子に座席の脇の隙間に落ちた。指先を伸ばして掻き出すようにした。そのあたりを覗き込むがスマホはない。櫛をとりだして足下を見るがそこにもゴミ箱以外なにもない。

 やれやれと見やったらシフトレバーの前の小物入れに何食わぬ顔をしてスマホが鎮座しているではないか。そこは金曜日まではCDをぎゅうぎゅうに詰め込んでいた場所である。そこが整理して空いたので、安心して助手席に引っ張り出したスマホをこちらに置いたということらしい。しっかり電池は使い尽くしていた。

 要はスマホを忘れた!と思ったことがまちがいで、スマホはしっかり同乗していたのだった。わずか10㎝ばかりのところを探しても探してもみつけられなかったことは大きな学びである。いわば灯台もと暗し。で、誰か読んだ人がいたとすると長々と読んでいただいてありがとう。

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