某市の人権教育・啓発実施計画を作成するので、会議で検討していた。いじめ対策について、いじめをなくすためのいろいろな取り組みをするという。そして、数値目標として「いじめはどんなことがあっても許されない」という回答をした児童生徒の割合を上げるというものであった。
それではダメだろう。いじめというのはやっている本人ですらそれがいじめだとは思っていないかもしれない。思っていても、「自分のはちがう」と信じ込んでいるのかもしれない。そういうものだから、アンケートに対する正解はよく知っている。もちろん「これはいじめ対策ですよ」「これはいじめをなくすための学びですよ」と言われた活動には子どもたちは言われたとおりに参加し、期待されたとおりにアンケートに答える。そして、いじめそのものはじんわりと子どもたちの生活の中に染み込んでいくのであろう。
ある学校で、深刻ないじめがあったので、全校でいじめについての学習をすることにした。その時間以降、被害者の子どもにいじめがあったら、即、親に連絡するというものであった。
それではダメだろう。そう思ったが、案の定、即、いじめと思われる発言があったようだ。なぜか。子どもたちは授業で学んだことと自分がしていることが同じだとは思っていないからだ。いじめをしている子が人権作文でほめられるなどということはあたりまえのように存在している。その学校でもそうだったらしい。
委員のひとりが「いじめと部落差別とが重なるような気がする。あの頃は差別に負けない教育というのもあったと思うが。」と発言した。いや、そうではない。部落差別の場合は、仲間がいるし、後ろ盾の団体もある。しかし、いじめはたったひとりに孤立するのだ。
委員は再び問うた。「いじめはピラミッドのような階層構造になっているのではないのか。いじめられて子が次の子をいじめるみたいな」と。それもちがう。いじめはひとり対全体なのだ。一部の子がいじめの加害者であっても、あとの傍観者はすべて加害者に順応したり、関係ないと装うという形でいじめに加担する。そして、自分は被害者に対して直接なにかをしたわけではないから加害者ではないと信じているのだ。そして、被害者が消えたとき新たなターゲットが登場するというしくみになっている。
別の委員は、先般神戸で起きた教師間のいじめを指摘した。教育委員会では教師間のいじめは把握していないという。いじめというのはその小世界(学級なり、職員室なり、学校)の構造の問題なのだ。いじめっ子がその小世界に影響力をもったとき小世界の力学が変容し、いじめのしくみが成立してしまう。教師間にいじめがあれば当然子どもの世界に伝播してしまう。小さなグループ内のいじめが、学級、学年へと展開することもあるだろう。
部落差別の場合は、差別をする側に「それは差別だ」と組織的に指摘することで、「差別なのでしてはいけないこと」はリストアップされた。そして、リストアップされて顕在化したことは良識的な人は守るようになる。それまでは社会的差別は当然と思われていたところから、そうではないという社会通念の転換を水平社をはじめとする人たちがおこなってきた。国家もとりあえずそうしてきた。なぜならばこの国が近代国家であるためには近代国家のルールが必要だからだ。部落差別は知識の問題として解決させてきたのだ。
なので、そうした差別はいけないという価値観に同調しかねた人たちは押し黙るしかなかったが、時々噴出してしまうのが無自覚な差別発言や、差別行為であり、昨今では自覚的なヘイトスピーチやヘイトクライムになってあらわれているのだと考える。これは反差別の闘いの限界でもあった。なので、同和教育は子どもたちに(差別はいけないという)価値観を強いるのではなく、価値観を体得してもらうように教育をするということになる。そういう教育ができているかどうかは別として。
しかし、いじめは常にターゲットが個人なので組織的に闘えない。ここに「いじめはいけない」といくら教えようが、いじめに相当する行為をリストアップしようが、いじめる側の態度そのものが、意識そのものがいじめなので始末が悪い。自分のしている行為や発現が誰かをいじめていることになっていることに気づく、そうしたことをしない、ということを体得していくことが必要なのだ。心ある教師たちは「集団づくり」などという形で子どもたちの小世界を再設定することで尽力してきたのではないかと思う。
その意味でいじめをなくすための取り組みというのは難しいし、数値目標は両刃の刃となる。いじめをなくすための教育というのは大上段に刀を振り上げておこなったところで、そのこと自体がいじめの実態や構造を見えなくしてしまう。いじめという病理現象は漂うガスのようなもので刀で切り込めば拡散してしまい、刀を納めればまたじわっと漂ってくる。ガスを発生させないように社会のしくみを作り変えていかなければならないのだ。
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